ブチ抜く力 / 与沢翼

・唯一にして絶対の成功法則は、一つのことに全力を注ぐこと。「やり切った、もうこれ以上やりたくない」と思えるくらい、一つのことに魂を売る。

・どんなことでも本気でやった人のこと半分くらいはうまくいく。起業して1割しか生き残らないのは残りの9割に本気でない人が多く含まれるから。

・死ぬこと以外リスクではない。常に新たなことに挑戦する。種をまき続ける。

・ファンダメンタルズの良いものに風が吹くかどうか、多くの投資家が気づいていない含み益を発見すること。

・やるときは最速・最短で行う。飛行機のように離陸時に一番エネルギーが必要となる。初動を成功させれば、後は楽にやっていける。

・「一人突っ込み」を実践する。何かをしようとするときに、それに対する反対意見も確認し、それを論破できるように自分でいろいろと調べてみる。

 

~所感~

今までは何かに取り組むときは期間を定めずにとりあえず取り組んでいた。これから、新たな分野に取り組む際は、3週間といった期間を決めて、まとめて勉強したいと思う。例えば、あるテーマに関する本を5冊まとめて購入して読む。また、「一人突っ込み」ということも癖付けたいと思う。そうすることで思考を深くすることができると思うので、事実に対して異なる角度で物事を考えていきたい。

情報だけ武器にしろ / 堀江貴文

・情報をインプットした後は、自分なりの言葉で世界中に発信し、頭の中を整理する癖を身に着ける。インプットとアウトプットは常にセットで考える。

・情報自体には価値がなく、情報を価値あるものに高めるためには、「考える、調べる、試す」という思考実験を繰り返す。

・「これから会って話をする人」の情報を事前に収集して挑むことは当たり前である。事前準備をしっかりと行う。

・お金とは信用を数字化したものにすぎず、お金自体に価値はない。どうすればお金になるか、どうすればお金が増えるかという考えではなく、「どうすれば信用を得られるか」、そこに思考を向ける。

・価値を高めるためには、ストーリーが必要になる。例えば、高級な肉があれば、なぜそれが高級なのか、そこにストーリーがあることで魅力的な商品になる。(例:野菜の生産者の顔が見える等)

・レストランで味が美味しい、技術があるというのは当然。それを発信して、魅力付けすることが大切。どれだけ味が良くてもそれが世の中に知られなければ流行らない。

 

~所感~

・ここ最近は日経新聞、読書等から得た情報をtwitterでアウトプットするということを意識しているが、情報をそのまま発信するということが多いので、具体的な数字や自分で調べた情報も加える等、自分の頭を使った発信に注力していきたいと思う。

人生の勝算 / 前田裕二

・コミュニティが深まる要素として、1)余白がある、2)クローズドの空間で常連客ができる、3)仮想敵を作る、4)秘密、コンテクストや共通言語を共有する、5)共有目的やベクトルを持つ

・スナックでは、お酒を飲むというモノでお客さんは来るのではなく、待ち合わせ場所を提供していると言える。待ち合わせ場所を提供し、人間的なつながりができるコミュニティに価値が生まれ、人がより多くのお金をより長い期間にわたって消費する。

・とにかく人に好かれること。そのためにまずは相手を好きになること。人間関係は鏡であり、人は好意を受けたら好意を返そうとする生き物。苦手と思った人でも自己暗示をかけて「好き」と思うようにする。

・バカなところをさらけ出すことで、相手の懐に飛び込むことができる。

・コミュニケーションに必要なのは、相手の立場に立つこと。いろいろなタイプがいる中で、自分が相手にどういうふうに関わるかということを合わせる。

・何を大切にするかを決める。軸を持つことで、人生においての決断をぶれずに行うことができる。幸福の価値観は人それぞれだから、自分のコンパスを持つこと。

 

~所感~

今までは苦手な人に対しては、距離感を取ることがあり、それゆえに相手にそれが伝わるということがあった。「まずは自分が相手を好きになる」、そのために相手の長所>短所に目を向けて、その人から学ぶ気持ちを持って接したいと思う。

秒速で10億円稼ぐありえない成功のカラクリ / 与沢翼

・ビジネスする上で、ビジネスの潮流に乗る、在庫を持たない、価格決定権がある、24時間365日稼働、商圏の枠がない、ということを考える。

・「夢手帳」を作る。

1)自分が「こうなりたい」と思っているイメージに限りなく近い写真(眺めているだけでそのきになれるもの)を貼る。

2)具体的な数字や期限を入れた目標を大きく書く

3)どうやって達成するのか、そのプランを大まかでいいから書く

そして、次の朝から、起きたらまず夢手帳を開いて、写真と目標を見てから一日をスタートさせる。

・どの企業、ビジネスも始めから成功していない。小さい規模のときからどういった戦略を取っていたのかを知る。

・成功につながる発想をするには、目の前のことだけを見ない。例えば、人気のキャバ嬢がいれば、なぜ人気なのかということを観察し、言語化する。また、レストラン等利用したものは、どうすれば売上を上げることができるかという当事者意識を持つ。

・自分を売り込んではいけない。相手に動いてもらうためには、相手に気持ちよくなってもらうこと。例えば、自分がしゃべるのではなく、相手にしゃべってもらう。

・相手はどういった点を嬉しく思うかの「ツボ」を理解する。例えば、ハンバーガーが美味しいといったところではなく、どういった想いで開発したのか等。

・「ありがとう」をたくさんもらう。そのために、見返りを期待せずに、相手が喜ぶだろうなと思う行動をする。

 

~所感~

世間で流行っているものに対して、「なぜなのか」という疑問を持つようにすることを習慣化していきたい。まずは事実⇒理由(仮説)を自分なりに持つようにする。

秒速で1億円稼ぐ条件 / 与沢翼

・有能な経営者は熱く語った大言壮語を現実化させる。それは、大きな器を用意するとそこに感銘した人が引き寄せられるから。ソフトバンクの孫氏も大風呂敷を広げたことが成功のきっかけとなった。

・大ボラでも夢は熱く語れ、稼ぎたいなら金の匂いを感じ取れ、リスクを背負う覚悟を持て、堂々と自分中心の世界を作れ、今あなたが持っているもので勝負せよ、秒速で稼ぐにはインパクトのあるものから始めよ、ビジネスは最悪をシミュレーションせよ、スケジュールは管理するな、真似できるビジネスモデルを探せ、常にトッププレーヤーに学べ、批判者は成長の糧だと思え、あなたの存在感を示せ、集団の力をうまく使え、自分の成長には金を使え、情報は常に探しに行け

・価値あるものを試供品として無料でばら撒くと、それを試した人の中から一定数の人が有料で成約する。

・人は手に入りにくいものを欲しがるところがある。「枯渇感」があると、それが需要に結びつく。

メモの魔力 / 前田裕二

・ファクト⇒抽象化⇒転用

⇒①インプットした「ファクト」をもとに、②気付きを応用可能な粒度に「抽象化」し、➂自らのアクションに「転用」する。

★事実だけでなく、そこから抽象化し、転用することでさらに思考が深まる。

 

・話が上手い人は、会話それぞれにタイトルをつける。例えば、「それは、〇〇ということですね。」、「〇〇についての話ですね。」といった感じ。

・具体的に見たり聞いたりしてこの現実世界から受け取る情報から、「ここから何か(他に当てはまることが)言えないかな」、「これはなぜかな、背景は何かな」、「あらゆるこの種類のものって、〇〇ということが当てはまるよな」、「これの特徴はこうだな」といったことを考えて、より抽象度の高い概念を導き出す。

・「世の中でうまくいっているもの」、「自分が素直にいいと感じるもの」を見たときに、素通りせずに抽象化してみる。

・単に「面白かった」といった感想を抱くのではなく、具体的にどういった点かを明確にすることで思考が深まる。

・経験していないこと、知らないことは「やりたい」と思うことができない。経験を増やして、「やりたいこと」を増やそう。

・考えうるすべての夢を書き出す。明確に言語化することで、実現可能性が飛躍的に上がる。さらに、具体的、測定可能、時間の制約をもうける。

・抽象化は表層的なテクニックの部分だけでなく、「なぜやるのか」「何のためにやるのか」ということを考えることにつながるため、夢の実現に前のめりに生きることができる。

 

~所感~

今までは疑問に感じたことをそのまま流すことが多かった。

まずは、事実に対して、「疑問」を抱き、自分なりの仮説を持つことが大切だと感じた。例えば、なぜあの店は流行っているのか?、同じ原理であれば他の事例でも活用できるのではないか?といった感じで思考を深める習慣を意識したいと思う。そのアウトプットの場としてツイッターを活用したいと思う。

 

 

【写真解説】アウシュビッツ強制収容所とは?

私は2019年の1月中旬にポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所に訪れました。

まずは、アウシュビッツ強制収容所(以下、アウシュヴィッツ)とは何なのか?を説明したいと思います。

 アウシュヴィッツとは?

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(写真:アウシュヴィッツ第二強制収容所=ビルケナウ) 

 正式名称は「アウシュヴィッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所」(英語:Auschwitz Birkenau German Nazi Concentration and Extermination Camp)です。二度と繰り返されてはいけない歴史として1979年に世界遺産に登録されました。 

ナチス・ドイツ第二次世界大戦中に国家を挙げて推進した人種差別による絶滅政策(ホロコースト)および強制労働により、最大級の犠牲者を出した強制収容所(1940-1945年)です。推定130万人がヨーロッパ中から連行され、そのうちの約9割にあたる110万人がユダヤとされています。また、収容されたうち110万人が亡くなりました。

【内訳】

ユダヤ人:110万人

ポーランド人:14-15万人

・ロマ族(ジプシー):2.3万人

・戦争によるソ連軍の捕虜:1.5万人

・その他民族の収容者:2.5万人

 

アウシュヴィッツ(Auschwitz)とはポーランド語Oswiecim(オシフィエンチム)のドイツ語読みです。アウシュヴィッツナチス・ドイツが関連しているのでドイツにあると思われがちですが、ポーランドにあります。

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(写真:Google Mapsより)
ポーランド南部のクラクフという都市からバスで約1時間半のところにオシフィエンチムは位置します。クラクフポーランドの古都として栄え、日本でいう京都のようなイメージでしょうか。(アクセスについてはこちらをご覧ください:アウシュヴィッツを訪れて ~アクセスおよびツアー編~ - Smile & World

 

日本では一言で「アウシュヴィッツ」という名前で浸透していますが、「アウシュヴィッツ=ビルケナウ」という名前がついています。では、ビルケナウとは何なのでしょうか?

実は、アウシュヴィッツは火葬場、絶滅収容所、強制労働収容所がある集合体で、収容者増加に伴い、第一強制収容所、第二強制収容所(ビルケナウ)、第三強制収容所(モノヴィッツ)の3つの大規模な強制収容所で構成されていました。

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 そのうちビルケナウが強制収容所の中で最も収容者数が多く、ユダヤ人を根絶するというナチス・ドイツの計画において中心的な役割を担ったため、アウシュヴィッツ=ビルケナウという名前がついています。ビルケナウの大きさは東京ドーム約37個分。ピーク時には最大で9万人が収容されていました。モノヴィッツはブナの合成ゴム製造作業場として存在していました。

ビルケナウ内には線路が敷かれ、ヨーロッパ各地から連行されていました(1944年5月に完成)。

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アウシュヴィッツに到着した人々は、まず下記の写真のように「選別」されます。労働力としてみなされるかどうかです。

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一説としては、労働力としてみなされなければ、70-75%もの人が即刻ガス室に送り込まれたとされています。ガス室に送られる際には「シャワーを浴びる」と言われ、実際に石鹸を持たされ、天井にはシャワーがついていたそうです。

たとえ労働力として生かされたとしても、彼らはあくまで使い捨てであり、非常に過酷な環境で働かされ、到着後は平均して2~3か月で命を落としたと言われています。

劣悪な環境だったため、ダニ・シラミが大量発生し、病気の発生も拡大していました。少しでも被害を減らすために、男女ともに収容時に丸刈りにされました。その当時の毛髪は博物館内にも展示されており、そこだけは遺族を配慮し、写真撮影はNGでした。

即刻の処分を免れた者は、丸刈り、消毒、写真撮影、管理番号を刺青する等の登録がありました。

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しかし、人数が多くなった際には、写真撮影はされなくなったみたいです。
 

アウシュヴィッツ関連の写真

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アウシュヴィッツ(第一)の門
ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)

 

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ハンガリーから連行されたユダヤ

 

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アウシュヴィッツ(第一)で脱獄防止のため高圧電流(220V)が流されていた鉄条網

絶望のあまり自ら触れて自殺する者もいた。

 

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ガス室での殺害に使用されていたガス(チクロンB

銃殺はドイツ兵の精神的な負担があったこと、また収容者数が増えれば時間もかかることから、効率的なガスでの殺害に至りました。1缶で150人を殺すことができ、死体は収容者が運び、焼却炉で焼かれていました。

移送者が多いときは6千人/日がガス室に送られていました。

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ガス室の煙突(アウシュヴィッツ第一)
 

 

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死の壁」、主に、抵抗組織の人間が銃殺されていました。

 

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障害者から没収された義足等

 

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収容者のかばん

連行される前に「後で返す」ということで名前等、所持人がわかるように記載させていた。金目のものは奪われ、実際に手元に戻ることはなかった。

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収容者のくつ

 

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アウシュヴィッツ第二(ビルケナウ)の収容者棟

 

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収容所棟の内部

 

1945年1月27日にソ連軍がアウシュヴィッツに侵攻し、生存していた数千人の囚人を開放することになりました。  

 

参考URL:

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 - Wikipedia

https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/article/auschwitz-1

https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/article/gassing-operations

http://www.u-gakugei.ac.jp/~kagami/jwu/4.3.pdf